繋がらない金曜日 前編
※時間的には『火曜日のゆううつ』の後です。

 なんだかんだあって許婚と遊園地に行くことになった月加は、大きな鏡の前で自分の格好をうんざりしながら見つめた。可愛い格好をしろとの許婚からのご要望(脅迫ともいう)を受け、似合いもしない女の子らしい色合いの、ふわふわヒラヒラした服を着ている自分。本当に似合わない。しかも無駄な出費をしてしまった。わざわざ買わなければ、シンプルな色とデザインの服しかなかったから。
 月加ははあ…とため息を吐いて、このデートに気乗りしないままバッグを手にした。

   * * *

 居間に入ると、その場にいた人間たちは残らず動きを止めた。
 出掛ける支度をして待っていた許婚も、朝食後にだらだらしていたその従弟も、許婚の母親も、おまけにお手伝いさんまで。ちなみに許婚の父親はすでに出勤しており、祖父は自室に戻っていて不在だった。
 月加は不機嫌そのものの表情で、「お待たせしました。さあ行きましょう、それでさっと見てさっと帰りましょう」と許婚に言った。
 しかし許婚がそれに返事をするより先に、その母親が歓声を上げる。
「きゃ〜っ、月加ちゃん何その格好!お人形さんみたいじゃないの!! いつもそういうの着て欲しいわぁ!! なんて可愛いの〜!!」
 可愛げの一切ない息子を持った七瀬の母親は、常々女の子が欲しかったと零す人で、だから「女の子っぽいもの」に反応が過剰だ。とうてい月加本人は似合っていないと思うものも、彼女にかかれば「よく似合う」になるらしい。
 お手伝いさんまでもが「本当によくお似合いですよ」と言ってくる。
「はあ、どうも……。でも今日だけですよ、こんなカッコ。いつもは無理です、動きにくいし似合わないし」
「いや、お前この上なく似合ってるけど。そういうの」
 と、謙遜でもなんでもなく本気で似合わないと思っている月加の言葉を軽く否定したのは、許婚の従弟だった。
 彼は月加と同い年で、平日の今日は普通に学校があるというのにいやにのんびりしている。どうせまた一、二時間目はサボる気なのだろうと思いながら、月加は顔をしかめて言った。
「響さぁ、真顔で言わないでくれる」
 普段、女の子を褒めたりしない性格のくせに。いやだからこそ、その言葉が本気のものであるというのは分かるが、月加はそれを素直に受け入れられない。「お人形」のようとか言われても全然嬉しくない。ひねくれ具合と日頃の淡々とした性格が、あらゆる賛辞を受け取り拒否する。
「可愛いよ」
 そう、低くて甘い囁きが耳元で聞こえて。
「ちょっと!!」
 にっこり凶悪に微笑んでいる七瀬から即座に離れた月加は、今しがたキスされた頬をごしごし袖口で拭いた。唐突に意味の分からない行動をするなと叫びたかったが、加害者は「じゃ、行こうか」と己の所業をあさっての方向に投げ捨てて何事もなかったかのように居間から出て行くので、月加も不服ながら黙って付いていくしかない。大したことじゃない素振りをされたことに、これ以上文句を言うのは「お子様」扱いされそうで嫌だから。
 その思考回路をしっかり把握している七瀬が、すべて思惑通りに進めていることになど気づかず、自分が思っている以上に素直なところがある無防備な月加は、のこのこ遊園地に出掛けていった。
「いってらっしゃ〜い」
 許婚の母親の、ご機嫌に間延びした声に見送られて。

   * * *

 移動は意外にも電車だった。てっきり車に乗せられると思っていたので、ちょっと安心した。電車は苦手ではない。
 しかし、平日の十時過ぎともなれば通勤ラッシュもとうに過ぎているから、乗客はお年寄りや若い親子連れ、のんびり登校中の大学生くらいだった。どう見ても中学生な月加と、まあ大学生にみえなくもない七瀬の組み合わせはちょっと浮いている。
「補導されたりしない?」
 別に心配になったわけではないが、隣に座っている許婚に小声で訊くと、彼は微笑んだまま「私服だから大丈夫だよ」と断言した。やけに堂々としているから、さてはサボり慣れているのかと思ったところへ、悪びれもしない呟きが聞こえてくる。
「意外と制服でも平気だけどね」
「……。七瀬さん、確か生徒会に入ってるんですよね。生徒の規範がサボり?」
「ただの会計だから問題ないよ」
 いや、あるだろう。
 突っ込みを入れようと思ったが、それよりも前から少し不思議だったことを訊いた。
「なんで生徒会に入ってるのに会長じゃないの?」
「どうして俺が生徒会に入っていると会長になるべきだと思うのかな?」
 疑問に疑問で返されて、月加は答える。
「だって会計とかまっとうすぎて違うでしょ。キャラ的には悪の生徒会長とか影の副会長とかその手の人じゃないですか、あなた」
「俺に対するお前の認識はいつ聞いても面白いねぇ」
 否定はしない辺り自覚があるらしい許婚は、愉快そうに月加を見た。
「確かにそっちも面白そうだけど……。考えてもごらん、高い地位についていると自由に身動きが取れない場合があるだろう?」
「あ、分かった。つまりあなたは権力者を隠れ蓑にした影の支配者ポジションなんですね?」
「学校ごときを支配して得られる満足感なんてたかが知れてるのに、なんで俺がそんな無意味なことをすると思うのかな、お前は」
「じゃ、なんで生徒会に入ったの?」
 基本的に何に対してもやる気と興味がないくせに、と月加が訊けば、七瀬は一つ息を吐いて答えた。
「友人たちに誘われて。あんまりしつこいから、貸し一つにして入ってあげただけだよ」
「お友達いたんですか」
「なんでお前は端々で俺に失礼なのかな?」
 漫才のような会話をしているうちに、二人の乗った電車は目的の駅に辿り着いた。

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