おめでとうの日おまけ

 七瀬は目の前に置かれた高級メロンを眺めながら、無言で肩を震わせて笑った。
 ああ、可笑しくてならない。あの年下の許嫁は自分を笑わせる天才である。
 誕生日プレゼントに、わざわざこちらの苦手なものを贈ってくれた許嫁は、実に愚かで可愛いと思った。
 街中で、最近付き合うことにした彼女といるところを目撃されたことは知っている。
 あの時、七瀬も月加の姿を見つけていたから。
 一人でぽつんとベンチに座っているのが、いかにも彼女を象徴する光景に見えて、かわいそうで愛しくて、少しだけ腹立たしかった。
 ――――名前を呼ぶだけでよかったものを。
 そうしたら、おまえを選んだのに。
 望むだけ、一緒にいてやったのに。
 強情で意地っ張りな許嫁が、容易に弱音を吐かないことは重々承知していたが、それでも腹が立った。
 あの子がこの手の内に落ちてくるところが見たい。泣きながら縋り付いてくればいい。
 そうしたら、優しく抱き留めてやれる。守ってやれる。
 そうはならないことも、よく知っているけれど。
 月加は、知らない。彼女は基本的に勘が鋭いくせに、変なところで鈍いから。
 七瀬が何を考えているか、その一部分しか把握できていないのに、大部分を理解したつもりでいる。愚かな子。憐れな子。
 自分の許婚がどれほど冷淡な人間か、きちんと理解していない。
 七瀬が付き合う相手が、単なる彼の暇つぶしだとは思わないのだから。
 誰かと付き合うことで、月加を嫉妬させようなどと思ったことはなかったが、結果的にはそうなってしまって、それが可笑しくてならない。
「七瀬、それ切ってきましょうか」
 居間でメロンを眺めていたら、母親が気を利かせたつもりか、そう訊いてきた。この人が息子の好き嫌いを正確に知らないのは、今に始まったことではない。
 七瀬はよく月加に得体が知れないと評される笑顔を浮かべて、「お願いします」と答えた。
 許嫁の自覚のない嫉妬の証を、「おいしそうね」と母親は機嫌よく運び去っていった。
 七瀬は目を細めて、珍しくも隣で居眠りしている月加の髪に触れる。
 苦手なメロンが運ばれてくるまで、彼はその長くて手触りの良い髪で遊ぶことにした。
 目覚めたら、きっと怒る彼女の顔を想像しながら。

おわり  

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