おべんきょおべんきょ

 宿題のプリントと筆記用具を抱えて居間に向かうと、そこには許婚しかいなかった。
「あからさまにがっかりした顔をしないの」
「してません」
 広いこたつに入って本を読んでいる許婚にさらっと嘘をつきながら、さてどうするかと月加は考える。
 数学のプリントでどうしても解けない一問があって、それをこの許婚の従兄弟に教えてもらおうと思っていたのだが、家の中に見当たらないのだ。
「響(ひびき)、まだ学校ですか?」
「たぶんね。寒いから座ったら」
 許婚はぱたんと本を閉じて机の上に置いた。にっこり微笑みながら言う。
「たまには俺に頼ってごらん」
 手に持っている物だけで、月加の目的が分かったようである。
「……」
 寒いから素直に座るまではしたが、そこは拒否したいのでこう言った。
「響を待つからいい」
「今日は友達の家に泊まるって、さっき電話があったよ」
「なんで早く言わないのよ」
「言ったらお前、座らずに自分の部屋に戻っただろう?」
 その通り。
 許婚は月加の行動パターンをきっちりばっちり把握している。
「じゃあ自分でかんがえる」
「ああそう?」
 ならガンバッテ、と許婚は読書に戻る。
 月加はしかめ面のまま、何をどうやっても解けない問題にとりかかるのだが、やっぱり何十分経っても解けない。 なんでこんなに難しい問題が紛れているのだろう。生徒に対する嫌がらせか。
 月加はちらっと対角に座る許婚を見る。本に視線を落としていて、全然こちらを見ていない。いつも嫌になるくらい観察されているのに。こんなときだけ。
 プリントに視線を戻した。問題を睨んだまま、数分後。
 不機嫌な声で言う。
「………………………………せんせいが」
「うん?」
「わたしに嫌がらせする」
 次の瞬間、クッと笑う声。わぁお、七瀬にうけた。
「お前にだけ出題したわけじゃないだろう?」
「そうだけど」
「月加」
「なに?」
 まだ問題を睨み続ける。
 本を閉じる音がした。
「あさっては土曜日だね」
「そうですね」
 それがどうした。とは思わない。何を言われるか想像がつく。それが付き合いの長さと親密さを示しているようで非常に嫌になるが。
「おにいさんと映画でも見に行こうか」
「……ワァイ」
 くそう、ちっとも嬉しくない。
 でもこれで目下の悩みは解決される。
 月加はすっとプリントを許婚の方へ移動させた。
「何の映画見ようか。――と、その前にこっちを片づけないとね」
 頬杖をつきながら、シャープペンをくるりと回して。
 許婚は今日もご機嫌である。

おわり??

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