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第十二章 天使の落下

 * * *

 ジーナと王子の婚約式が行われるという大広間には、すでにたくさんの人が詰めかけていたのだが、ふたりが現われるとしんと静まり返った。
「?わ、わたしやっぱりなにか変ですか……?」
 エリスは皆の反応に驚き、心配になって横にいるヘルムートに訊いた。
「きみが可愛いから、皆見てるんだよ。――その髪飾りも、よく似合ってる」
 彼はやさしい表情をして、指先で頬を撫でてくれた。
 その瞬間、人々がどよめいた。
「まさかあれが……」
「うそでしょ、だって上手くいってないって噂が……!」
「まぁ可愛らしい奥さんねぇ」
「悪魔と天使みたいだな……」
 驚愕の眼差しを注がれ、エリスは戸惑いながらうつむいた。こんなにたくさんの人に注視されるのなんて、初めてのことだった。
「エリス、前を向いて。堂々としていればいいよ」
「ヘルムートさま……」
 そうこうしていると、楽器を持った人々が演奏をはじめた。
「ははあ、ジーナが来るまで時間稼ぎか……」
「?」
「主役が来るまで踊って待ってろってことだよ。――ほら、ちらほら踊り始めた。こうなるともうただの舞踏会だね」
「わ……きれい」
 踊る女性たちのドレスが、色とりどりに優雅にひらめいている。
 音楽もとても素敵だった。
「僕と踊ってくれますか、奥さん」
「えっ?」
 エリスはびっくりしてヘルムートを見上げた。
 そのやわらかな微笑みを見ているうちに、じわじわと喜びが湧きあがってくる。
「はい……っ」
 初めての夜会で、彼は他の女性と踊っていた。
 あのときの女性のように、自分は美人でもダンスが上手いわけでもないけれど、でも、彼と一緒に踊ってみたかった。
 手を重ねて、ゆるやかにダンスは始まった。
 まるで背中に羽でも生えているかのように、エリスの身体は軽かった。「上手、上手」とヘルムートがほめてくれた。
 でも本当に上手なのは、リードしてくれている彼の方だ。だって、父親と踊ったときとはまるで違うのだ。
 楽しかった。
 エリスの口元には自然と笑みが浮かぶ。
 すると、ヘルムートもうれしそうに笑ってくれた。
 またざわざわと人々が何やら動揺しているみたいだが、もう気にならなかった。今は彼だけが映っていて。
「ヘルムートさま……」
「ん?」
「わたし、ずっと誤解してて……」
 エリスは自分が結婚式で、例の会話を聞いていたことを、とうとう話した。
「でも、途中までしか聞いてなくて、それで……」
「僕がきみの悪口に同意したと思った?」
 エリスは小さく頷いた。
「ごめんなさい……」
「……それで、様子がおかしくなったんだね」
 ヘルムートはしばし沈黙してから、呟いた。
「やっぱりあいつの家潰しとこうかな」
「へ、ヘルムートさま……」
「まぁ僕も、きみに好きだって早く言っておけばよかったんだけど」
 ため息を吐いてから、彼はふと眉根を寄せた。
「……きみの様子がおかしかったのが、そのせいなら……。もしかして、きみは成り行き上、仕方なく僕と結婚したわけじゃなくて……結婚してもいいって思ったから、してくれたの?」
「え?は、はい」
 もちろんだ。
 エリスはこく、と頷いた。
「ヘルムートさまじゃなきゃ、やです……」
 真っ赤な顔で言えば。
 ヘルムートは茫然としながら訊いた。
「僕のことも……なら、その、……好き?」
 エリスは必死に頷いた。
「だ、だいすきです」
「…………念のため確認しておくけど、それ友達として、とかいうオチじゃないよね?」
「ちが……」
 どうすれば伝わるのか。
 ふいにジーナの言葉が蘇った。








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