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第十二章 天使の落下

 エリスはダンスの足を止め、ヘルムートの肩に手を伸ばす。
 きゅ、と上着を掴まれて、同じく足を止めたヘルムートは自然と身を屈めることになった。
「どうしたの?エリ……ス」
 恥ずかしかった。
 でも、もうこれしか思いつかなくて。
 エリスはちゅっ、と口づけた。
 唇には少し届かなくて、ごく近いところになった。
 それでもヘルムートは固まった。
 周りからは若い女性たちの悲鳴が聞こえる。
 エリスはこれ以上ないくらい赤くなって俯いた。
 唇に届かなかったし、ヘルムートは呆然と固まってしまった。恥ずかしい。でも、逃げたら何も伝えられない。
 情けない涙目で、言った。
「も、もうちょっとだけ、かがんでください」
「………え、あ。うん……?」
 何をしようとしているのか、混乱して本気でわからないヘルムートは、とりあえず言われるがままにもっと屈む。
 そうしたら、今度はちゃんと唇にキスできた。
 ほっとしたけど、本当に死ぬほど恥ずかしい。
「友達には、こんなことしないです……」
「…………それは……そう、だけど……」
 ヘルムートはまだ茫然としていた。
 もう無理だった。
 エリスは再び俯くと、プルプル震えた。
 なにか言葉を返してくれないといたたまれない。
「え。ちょっと待った。それなら、あのさ、きみ、僕のこと、男として好きってこと?いいの?訂正するなら早くしないと、僕自分のいいように誤解するよ」
 ヘルムートは混乱して早口で言った。
 小さな、彼にしか聞こえない声で、エリスは俯いたまま言う。
「だいすきって、いいました……」
 あの雨の日にも。ちゃんと。
 ヘルムートはその瞬間、大理石の床に頭をうちつけたくなった。
 ――――僕は大馬鹿か。
「……じゃあ」
 腕が伸ばされる。
 ぎゅっと抱きしめて。
「僕がこうしても、キスしようとしても、もう逃げないで」
「……は、い」
 エリスは彼の背にそろそろと手をまわした。
「ヘルムートさま、だいすき」
「僕も、きみが好きだ……。エリス――、愛してる」
 そっと身を離し、今度はヘルムートからの口づけが降ってくる。
 エリスは近づく綺麗な顔に、そっと瞼を閉じた。
 胸の奥に火が灯っているみたいだった。
 とても熱くて、今にも死んでしまいそうだ。
 ――――その、難攻不落の天使が堕ちた瞬間を見てしまった人々は。
 いっせいに大歓声を上げた。中には多くの女性陣の「いやーっ」とか「ぎゃーっ」という悲鳴もあったけれど。
 それを遠目で見ていた王子リカルドは、一人ぼやいた。
「あいつら人の婚約式にきて、なんで主役並みに目立ってんだ」
 何しにきたのだ、まったく。
 しかも自分の待ち人たるジーナは、嵐のように文句を言うだけ言って、「戻ったついでに仕事してくる」と自分の部屋に引きこもり。
 もうこれ以上待っても無理だろう。婚約式は中止にせざるを得ない。
「またふられたな……」
 やれやれ、と彼はため息を吐いた。








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