エリスはベッドの上にゆっくりと起き上がった。あれからずっと寝込んでいたのだが、昨日の夕方ようやく微熱になり、こうして無理なく一人で起き上がれるまでになった。
レスターが調合してくれた薬がよく効いたようだ。いつもなら、あれほど具合が悪いと一週間やそこら普通に寝ついてる。
レスターの魔法薬はよく効くと評判らしく、彼は以前からたまに大きな街に出向いて販売している。エリスも具合がひどくて我慢できない時だけ、医者ではなくレスターに頼っていた。正直レスターの薬の方がよく効くのだ。
いつも頼らないのは、魔法薬を服用しすぎると何がしかの副作用が現れるからだ。
昔、まだ魔法使いもそのことを知らなかった頃、多くの人々が頻繁に魔法薬に頼った。そしてその結果、気が触れたり死に至る者が出てしまい、怒りや嘆きから人々は魔法使いを国から排除したのだそうだ。
それは遠い北の、遠い昔の話だったが、親しくしている魔法使いが二人も身近にいるエリスには、恐ろしくて悲しい話だった。
エリスはそれを、レスターのおじいさまから、レスターと共に聞いた。彼が平気そうな顔で、「まあ、そういうこともあるだろうな。魔法や魔法使いに偏見持ってる奴はけっこういるから」と言ったのは、今でも覚えている。
レスターとおじいさまも、このセロンに来る前に誰かから偏見を受けたことがあるのだろうか。エリスはそう思ったけれど、聞く勇気がなかった。
もしもそうだとしたら、どんな言葉をかければいいのか、幼いエリスには分からなかったから。
――――ここにいると、色々なことを思い出す。決して悪くはない、良い思い出だけれど、でもやっぱり時々は淋しい気分にもなる。
エリスはふう、とため息を吐いた。身体が重い。気分も落ち込んでいるから、またすぐにベッドに突っ伏したくなってくる。
けれど、もう一度伏せる前に、エリスは服を着替えることにした。汗をかいているので気持ち悪かったのだ。
着替えはレスターが自分の服を置いてくれている。もうすぐ空が暗くなる頃だから、今は水に浸した布で軽く身体を拭くだけにして、後でお風呂を借りよう。
そう考えたところで、エリスはようやく気がついた。
「…………あれ……?」
いま着ているものは、いったいいつの間に着たのだろう。
白い長袖の服は、大きくて袖が余る。明らかに、というか考えるまでもなくレスターの服だけど。
―――――自分で着替えた覚えがない。
「……あ、あれ……?」
しかも、しかも、だ。今さら気づくなんてどうかしていると思いながら、エリスは自分が上の服しか着ていないことを目で確かめる。膝上まであるとはいえ、なかなか衝撃的な自分の格好に、エリスは沈黙した。
下着は、もちろん、ちゃんと履いている。けど……でも、なんだか、四日前のとは違う……と思う。いちおう女物のかわいいもので、自分の持っている中に似たようなものがあった気がするけれど。
これもいつのまに履き替えたのか。まったく思い出せない。
いや、でも四日前から同じだと衛生上問題があるから、違っているのがいいのか……。
エリスはぐるぐる混乱してきた。なにしろほぼ四日間、熱を出して寝込んでいて、ほとんど意識が朦朧とした状態だったのだ。かろうじて覚えているのは、じめじめシクシクと泣きまくってレスターに何度か怒られたことだけ。
昨日の夕方からは微熱になって、それからのことは覚えているけど、着替えに頓着する余裕する余力が残っておらず、そのままにしていて。
今やっとまともな状態になって、エリスはあまり深く考えないほうがいいようなことに気がついてしまったのである。