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第九章 雨の中

(やっぱり……ジーナさまが、ヘルムートさまの、好きな人……?)
 エリスの両手は震えた。
 この親しげな様子を目の当たりにしていると、たとえ友人と聞かされてもそんなふうに感じてしまう。
 自分と彼の間に流れるぎこちない空気と比べれば、なおさらだった。
 これではどちらが夫婦同士なのか分からない。
 認めたくはないけれど、お似合いとしか思えない。どちらも綺麗で、存在感があって、思っていることを言い合って。
「あの」
 うつむいたまま、声を出した。
 二人の様子をこれ以上見ていたら、泣いてしまいそうだった。
 そうしたら、一体なにを泣くことがあるのかと訝しげに見られるだけだろう。
 エリスは小さな声で言った。
「わ、わたしも……ヘルムートさまとお話したいです……」
 やっと、なんとかそう言うことができた。
 でも、部屋の中がしんとなった。二人の空気を壊したからだろうか。それとも、そんなに変な発言だったのだろうか。
 何か応えてほしいと思っていたら、しばらくして少女が言った。
「この子すごい可愛いね、ヘルムート」
 エリスには、それがお世辞か本心かは分からなかった。そもそも、何に対して可愛いと言われたのかも。
 ただ、明らかに可愛いのは彼女の方なのに、自分がそう言われるのはおかしい。いたたまれなくて、エリスはますます顔を上げられなくなった。
 彼女に話しかけられた当のヘルムートは、その誤った見解に対して無言を返した。わざわざ否定する気も起きなかったらしい。
 代わりに、長い沈黙の後でこう言った。
「…………とりあえず、座ったら」
「は、はい……」
 少し顔を上げて、エリスはためらいがちに歩いて、示された椅子に座った。ヘルムートの寝ていた長椅子の、斜め隣にある椅子だ。
 少女が立ったまま彼に言う。
「わたし遠慮しようか」
「普通はもっと前に申し出るものだと思うけどね」
「今さらわたしに普通を求めてもらっても困るよ」
 じゃ、またあとでね、と少女はエリスに言い残して軽快な足どりで出て行った。
 パタン、と扉が閉まる。
 そしてヘルムートとエリスは、薄暗い部屋の中でふたりきりになった。 
 立ったままの彼が腕を組んで口を開きかけたとき、閉じたばかりの扉が再び開く。
 ひょっこり顔を出したのは、出て行ったばかりの人だ。
 ヘルムートが何だと目線だけで問いかけると、彼女は言った。
「ちょっと言っておこうと思って。――――いやらしいことするんなら、寝室に行ったほうがいいよ。そしたら皆しばらく二階には上がらないと思う。それとも、当分ここに近づかないように言っておこうか?」
「「…………………」」
 エリスはぽかんとしたあと、真っ赤になった。
 この人はいったい何の心配をしているのだろう。そんなことになるわけがないのに。
 ヘルムートもきっと同じことを思ったに違いない。深々とため息を吐いて、呆れをにじませた口調で言う。
「ああ、お気遣いをどうも。――――とても不要だけどね」
 最後の一言には、あきらかな苛立ちが込められていた。
 自分とそういうふうに見られたのが嫌なんだ、とエリスはしょんぼり落ち込んだ。膝の上で、白いハンカチを握り締める。
「そう?」
 少女はちょっと興味深そうに二人を見て、それから「ごゆっくり」と言って扉を閉めた。本当に変わった人である。










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