(やっぱり……ジーナさまが、ヘルムートさまの、好きな人……?)
エリスの両手は震えた。
この親しげな様子を目の当たりにしていると、たとえ友人と聞かされてもそんなふうに感じてしまう。
自分と彼の間に流れるぎこちない空気と比べれば、なおさらだった。
これではどちらが夫婦同士なのか分からない。
認めたくはないけれど、お似合いとしか思えない。どちらも綺麗で、存在感があって、思っていることを言い合って。
「あの」
うつむいたまま、声を出した。
二人の様子をこれ以上見ていたら、泣いてしまいそうだった。
そうしたら、一体なにを泣くことがあるのかと訝しげに見られるだけだろう。
エリスは小さな声で言った。
「わ、わたしも……ヘルムートさまとお話したいです……」
やっと、なんとかそう言うことができた。
でも、部屋の中がしんとなった。二人の空気を壊したからだろうか。それとも、そんなに変な発言だったのだろうか。
何か応えてほしいと思っていたら、しばらくして少女が言った。
「この子すごい可愛いね、ヘルムート」
エリスには、それがお世辞か本心かは分からなかった。そもそも、何に対して可愛いと言われたのかも。
ただ、明らかに可愛いのは彼女の方なのに、自分がそう言われるのはおかしい。いたたまれなくて、エリスはますます顔を上げられなくなった。
彼女に話しかけられた当のヘルムートは、その誤った見解に対して無言を返した。わざわざ否定する気も起きなかったらしい。
代わりに、長い沈黙の後でこう言った。
「…………とりあえず、座ったら」
「は、はい……」
少し顔を上げて、エリスはためらいがちに歩いて、示された椅子に座った。ヘルムートの寝ていた長椅子の、斜め隣にある椅子だ。
少女が立ったまま彼に言う。
「わたし遠慮しようか」
「普通はもっと前に申し出るものだと思うけどね」
「今さらわたしに普通を求めてもらっても困るよ」
じゃ、またあとでね、と少女はエリスに言い残して軽快な足どりで出て行った。
パタン、と扉が閉まる。
そしてヘルムートとエリスは、薄暗い部屋の中でふたりきりになった。
立ったままの彼が腕を組んで口を開きかけたとき、閉じたばかりの扉が再び開く。
ひょっこり顔を出したのは、出て行ったばかりの人だ。
ヘルムートが何だと目線だけで問いかけると、彼女は言った。
「ちょっと言っておこうと思って。――――いやらしいことするんなら、寝室に行ったほうがいいよ。そしたら皆しばらく二階には上がらないと思う。それとも、当分ここに近づかないように言っておこうか?」
「「…………………」」
エリスはぽかんとしたあと、真っ赤になった。
この人はいったい何の心配をしているのだろう。そんなことになるわけがないのに。
ヘルムートもきっと同じことを思ったに違いない。深々とため息を吐いて、呆れをにじませた口調で言う。
「ああ、お気遣いをどうも。――――とても不要だけどね」
最後の一言には、あきらかな苛立ちが込められていた。
自分とそういうふうに見られたのが嫌なんだ、とエリスはしょんぼり落ち込んだ。膝の上で、白いハンカチを握り締める。
「そう?」
少女はちょっと興味深そうに二人を見て、それから「ごゆっくり」と言って扉を閉めた。本当に変わった人である。