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第十章 世界で一番の贈りもの

 ヘルムートは少しだけ身体を離すと、エリスの頬に触れ、初めて聞くような力のない声音で言った。
「もう……、僕の言うことは信じられない?」
 信じたい。
 でも、信じて、もしそれが真実ではなかったら。
 彼の本心なんかじゃなかったら。
 弱虫なエリスが答えに窮していると、ヘルムートは自嘲するように言った。
「また嫌いだって言われても仕方のない態度をとったんだから、信じてもらえなくて当然だね……」
 豊穣祭でのことを言っているのだと、すぐにわかった。
 あのとき、彼に「きらい」だと言ったことを、自分もまた気にしていたから。
 本心なんかではなくて、ただ感情が昂ぶって、とっさに出ただけの言葉だったけれど、やはり彼を傷つけていたのだ。
 その瞳に悲しみを見たのは気のせいだと、彼が取るに足りない自分の言葉なんかで傷つくはずがないと思い込もうとしたけれど。
 その言葉をぶつけてしまった直後のように、いや、そのとき以上にエリスの心には深い後悔が広がっていく。
「き、嫌いなんかじゃ、ないです……」
 思わず呟くのと同時に、緑の瞳から、ほろりと涙が零れ落ちた。
「あんなの、嘘です……」
「……うん」
 ヘルムートはわずかに間を置いてから、ほろ苦く微笑んだ。
 その表情に、自分が彼を信じられないように、彼もまた自分を信じられないのだろうかと、エリスは思う。
 ひどく悲しくなりながら繰り返した。
「ほんとに嘘なんです……、ごめんなさい……ごめんなさい……」
 泣きじゃくり始めたエリスの後ろ頭を、ヘルムートはゆっくりと撫でながら、切なくなるほど優しい口調で言った。
「大丈夫……もう、分かったから。でも、嘘じゃなくてもいいんだ。僕の態度がきみを傷つけて、泣かせたんだから。完全に嫌われても仕方ないと、覚悟もしてた……。あのときも、昨日も」
「きのう……?」
「きみが階段で倒れたのが、昨日だよ。それから夜まで目を覚まさなかったんだ。――昨夜のことは、覚えてない?」
 エリスは再び、燭台の明かりに照らされて、彼らしくもなく悄然とうつむいていた姿を思い出した。
 手を握ってもらっていたことも、昔みたいに、今みたいに、頭を撫でてもらったことも。
 鮮明になっていく記憶に、エリスは混乱する。
(夢じゃない……?)
 だけど、でも、彼は泣いたりしないはずで――――。
 夢じゃないとしても、ほとんど自分の記憶違いなのかもしれない。
 そう考えて答えられずにいると、ヘルムートが続けた。
「きみは少しぼんやりしてたから、覚えてないかな……。ちょっとだけ話もしたんだよ」
 そう言われたので、エリスは自分の勘違いではなさそうな部分だけを言ってみた。
「痛くないか、って……ヘルムートさまに……」
「うん……、訊いた。きみは痛くないって答えた。今も大丈夫?」
 問われて、エリスはこくんと頷いた。
 ただ身体が少しだるいだけだ。
「よかった。それで、全部覚えてる?たとえば――オルスコットについて、言ったこととか」
「レスター……?」
 自分はそのとき、何かレスターに関することを喋っただろうか。
 エリスはもう一度あやふやな記憶を辿ってみたけれど、それらしきことは何も思い出せなかった。
 ふるふると首を横に振ると、ヘルムートはなぜだかちょっと残念そうに「そっか、うん、まぁ……別にいいんだけど」と言った。
「あの、わたし何か……」
 また何か、レスターとのことで彼の気に障ることを言ってしまったのだろうか。
 そう不安げな面持ちで訊ねたエリスに、ヘルムートは安心させるように柔らかく微笑んだ。
「大したことじゃないよ。ちょっと気になっただけだから」
 本人に訊いた方が早いな、とヘルムートが呟いたのは、エリスの耳には届かなかった。
「……?」








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