散歩の前にあたたかい服装に着替えることになって、自室に戻る途中だった。エリスは廊下でジーナに会った。
「おはよう奥さん」
「おはようございます……、ジーナさま」
ぺこりと頭を下げると、ジーナは微笑んだ。
「具合はもういいみたいだね」
「はい」
「よかったね。それに無事仲直りもできたんだって?おめでとう――でも、それにしてはしょげてるね」
「え……」
エリスは心の中を見透かされ、どきりとした。
「あはは、わかりやすい。いいよ、悩み事きいてあげる。わたしこれからごはんだから、また後でね」
「あ、あの」
一方的に約束をとりつけられて、エリスは困惑した。
でも、つづく言葉に驚いた。
「大丈夫。わたし相談事よく持ちかけられるから、恋愛相談にも慣れてるよ。みんな魔法使いをお悩み相談室か便利屋みたいに思ってるふしがあってさぁ」
「まほうつかい……?」
「うん?」
「え、ジーナさま、が?」
「そうだよ、言ってなかったっけ」
言ってない。
名前と、ヘルムートや王子の友人であることしかエリスは知らなかった。
「では、改めまして。わたしは王宮付き魔法使い、ジーナ・シュロー。今ちょっと第一王子ともめてて、こちらに逃げ込ませてもらってます」
ありふれた榛色の瞳は愉快そうにエリスを見ていたけれど、本当の感情は読み取れない。
その一方で、こちらのことは何でも見透かすような眼差しに――――覚えがあるはずだ。
彼女の眼差しは、レスターや彼の祖父と同じ、魔法使い特有のものだったのだ。
* * *
散歩の時間は穏やかに終わった。
でも、エリスの心は晴れなかった。
(どうしよう……)
泣きそうになる。
だって、なにも伝わっていなかった。
自分の気持ちが、なにひとつ。
外は空気が澄んでいて気持ちがよかった。
美しく紅葉した庭園の中を、エリスはヘルムートに手を引かれながら、ゆっくりと見て回った。
エリスは緊張しながらも一生懸命「お花がきれいですね」とか「虫がいます」とかどうでもいいことを話しかけていたのだが、その様子にヘルムートが微笑みながら言った。
「あせらなくていいよ。ゆっくり距離を縮めていこう」
エリスは早く昔のように、自然に話せて笑い合えるようになりたかったけれど。
きっと、今の自分たちに必要なのは一緒に過ごすたくさんの時間なのだと、彼の言葉に納得する。
「はい……」
緊張が少しだけとけて。
エリスはそっと微笑んだ。
「――エリス」
「あっ……」
驚いたように呟いたヘルムートに、エリスは突然抱きしめられた。
「久しぶりに、僕の前で笑ってくれたね」
「ヘルムートさま……」
切ない声に喜びが混じっていた。
エリスはためらいがちに、そろそろと彼の背中に手をそえた。
「ごめんなさい」
傷つけてしまっていた。
ずっと、彼を拒否して。
「ごめんなさい……」
ふと、身体が離れた。
ヘルムートを見上げると、その顔が間近にあって。
アメジストの瞳にじっと見つめられていた。
片手で後ろ髪を梳かれる。
「ヘルムート、さま……?」
「エリス……」
彼の影が、エリスを覆った。
次の瞬間。
こつん、と額と額が軽くぶつかった。
「いた……。え、と、あの」
「…………だめだ僕。がまんがまん」
なんだか呪文のように彼は呟いた。
「待つって決めたから、それまできみに手は出さない」
「え……?」
ヘルムートは一息吐くと、上体を起こして言った。
「約束する。きみの中で、僕の存在がいちばん大きくなるまで。男として好きになってくれるまで、何もしないから」
エリスは固まった。
何を言われているのか、理解できなくて。
「それまでは――もう気を遣って僕のことを好きだなんて言わなくていいからね」
その後も庭園の中を散歩したのだけれど、エリスの頭の中はまっしろになっていた。