「あなたっていつから親切で優しくて面倒見が良くなったの?どこの紳士よ」
質素なつくりの家の、開け放たれている窓から中を覗き込み、コレットはその黒髪の住人に問いかけた。
彼は二足歩行をして、スプーンだって持てるピンクのうさぎと食事中だった。どこのメルヘン世界だ、とこれを初めて見た時には思ったものだが、未だに視覚が抵抗を試みようとする。そのくらい血も涙もない魔法使いレスター・オルスコットに似合わない光景だった。
「人の家を覗き見したうえケンカを売る気か、お前」
いつも通りの無表情でこちらを一度見たきり、彼は二度と視線を向けてこない。目の前の食事に集中しようとしている。古そうだがちゃんと磨かれた食器に、野菜スープや野菜炒めや野菜リゾットが盛り付けられ、どれもおいしそうな見た目と匂いだ。しかしどれをとっても野菜づくしである。
コレットはちらりと背後に目を向けた。日が沈んでよく見えないが、家の裏手にあたるそこには、この魔法使いの祖父がつくったという家庭菜園があるのだ。今日はその祖父は留守にしているのか、姿が見えない。
「コレット、食っていくか?」
と、子供の声でうさぎが言った。
直後、「やるならお前の分にしろよ。うちには食い物を分け与えるような余裕はない」と冷ややかな声。
「おんなの子にはやさしくしなくちゃだめなんだぞ!」とうさぎ。
「ひとりで勝手にやさしくしろ。俺を巻き込むな。綿引きずり出すぞ」とレスター・オルスコット。
「うっ、うわーん!れすたーがいじめるーっ!おじいちゃんが帰ってきたら怒ってもらうんだからなーっ」
うさぎは―――人語を解すピンクのうさぎのぬいぐるみは、もふもふほてほて足音を立てて、奥の部屋に逃げていった。
「あの馬鹿うさぎ」
すぐじじいに言いつけやがる、と呟き、彼はスープを飲んだ。まるで兄弟のようである。コレットは変な光景、と思いながら話しかける。
「ねえ」
「まだいたのか」
かちんとくるが、コレットは堪えた。前から聞きたかったことがあるからだ。
「あなたエリスの何なの?」
「契約関係にある魔法使い。俺からすれば、あれは俺が守護する対象者」
さらりと言った横顔には、微塵も揺らぎがない。
「……フゥーン。じゃあ、もうひとつ聞くけど」
「うるさい。いい加減に帰れ。目障りだ」
――――――ほらね。優しくなどない。
コレットはふん、と鼻を鳴らし、訊いた。
「あのうさぎっ子、エリスにちょっと似てない?中身が。いじめたくなる感じがさ」
「……」
フォークが野菜炒めの中の人参を突き刺した。
「だから『残してる』とか……?」
「お前、調子に乗るなよ」
かた、と立ち上がった魔法使いの感情のない瞳に、コレットは言いすぎた、と冷や汗をかきながら後ずさる。琥珀の瞳は、捕食者のように危険に細められた。
「俺がお前を『消さなかった』のは、お前がお姫に必要だと判断したからだ。それ以上でも以下でもない。余計なことにまで気を回すようなら、今度こそ『消す』。そのつもりでいろ」
魔法使いが腕を一閃させた。コレットはとっさに身をすくめて目を閉じる。家の内と外で、さらに距離があるので殴られると思ったわけではない。魔法を使うのだと分かったからだ。
しかし、彼の魔法は音を立てて窓を閉めただけに終わった。
一瞬だけ風が強く吹き、コレットの赤毛を乱したが、それだけだ。
「あれの、どこが」
親切で、優しくて、面倒見がいいのだ。
エリス以外には、相変わらずではないか。
コレットは鼻の頭に皺を寄せ、乱れた髪からピンを抜く。ばさりと肩に落ちた髪を整えて、魔法使いの小さな家に背を向けた。
思えば初めて会った時から、レスター・オルスコットは同じことしか言わない。『消されたいのか』『余計なことをしたらすぐに消す』。
一番初めに言われた言葉を思い出した。
『お前はあいつに害をなす』
そんなことしない。
コレットは、エリスが本当に好きだし、感謝しているし、大事に思っているから。
そういい募ると、ようやく彼はコレットの存在を許した。
あのときから、コレットはレスター・オルスコットという名の魔法使いがきらいだ。
エリスを守る、力強い味方でさえなければ、自分の方こそあの魔法使いをエリスから遠ざけただろう。
Bにつづく