今日は良い天気だ。
開け放した窓から、そよ風に乗って花や草木の香りが入り込んでくる。
「風が気持ち良いね、メアリ」
「そうですねぇ」
エリスはベッドの上に座ったまま、侍女のメアリに髪を梳かしてもらっていた。
薄紅色の小さな花びらが入って来て、ふわりふわりと床の上に舞い落ちる。
「今日は何色のリボンにしましょうか」
「えーっと……」
エリスはちょっと考えて、床の上の花びらを見た。
「ピンク!」
元気よく答えると、メアリはふふふと笑って、髪飾りの入った小箱から淡いピンク色のリボンを取りだす。
と、その時だった。
「失礼いたしますお嬢さま」
エリスが「はい」と返事をすると、もうひとりのエリス付きの侍女が部屋の中に入って来て言った。
「少しの間メアリをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「うん」
「ありがとうございます。―――メアリ、ちょっといい?確認したいことがあるんだけど」
「はいはい。それじゃ、申し訳ございません、お嬢さま。すぐに戻って……」
そう言いかけたメアリは、ふと何かを思いついたように一瞬動きを止めた後、ベッドの上に置いたばかりの櫛を再び手にしてニンマリと笑った。
「そうだわ〜。お待ちいただく間にお嬢さまがお疲れになったらいけませんから、わたくしの代わりに結ってもらいましょう」
「え?誰に?」
エリスはきょとんとしてメアリを見上げた。
他の侍女でも呼ぶのだろうか。
そう思ったけれど、メアリの視線はある方向に向けられていた。
すなわち、テーブルの方に座っている毎度おなじみの少年たちの方に。
「「「………………………」」」
三人の子供はメアリの言葉の意味を考えるように、しばし沈黙した。
やがて、一番最初に我に返ったのは蜂蜜色の髪をした少年――――ヘルムートだった。天使のような美貌の主は、今まさに飲もうとしていた紅茶のカップをテーブルに戻すと、いたって冷静な口調でメアリに問いかけた。
「いまの、僕らに言ったわけ?」
「ええ。もちろん」
「お前馬鹿じゃないの」
天使はさらりと毒を吐いた。
「あらあ、わたくしこれでも頭は良い方ですのに」
平然とニンマリを続けているメアリの横で、エリスは一人ハラハラしていた。
いったい、メアリは何を思ってそんな無茶なことを言い出したのだろう。
この二人が女の子の髪など結うはずがない。
残るもう一人の少年に目をやれば、彼は凍てつくような視線をこちらに向けていた。
びくっ、とエリスは固まる。
(あう……お、おこってる)
黒髪の少年―――レスターの目は、あきらかに「てめぇこの俺にふざけたことさせる気じゃねーだろうな。さっさとそこの侍女を黙らせろ」と語っている。それがはっきり視線だけで分かるくらいには、エリスとレスターの付き合いは一応深い。
エリスはごくりと息をのんだ。
「あ、あのー。メアリ?じょ、冗談だよね。ね?」
きっと冗談だ、とエリスはなんとか笑顔を浮かべて訊いた。
だって、レスターに髪を結わせるだなんて、そんなことができるはずない。おそらく自分に限らず、誰にだってそんなことをさせるのは不可能だろう。彼はたとえ王さまにだって、嫌なことは嫌だと言ってしまうような人なのだから。
ところがメアリは、笑顔で言い切った。
「わたくしは本気ですわ、お嬢さま。髪の一つも結えないぶきっちょは、魔法使いなんてやめちまえばいいんですわオホホホホ!そして今後はぶきっちょ村のぶきっちょ坊主とでも呼んでやりましょう」
「メ、メアリ……」
ぶきっちょ村なんてどこにあるのだろう。知らないけれど、そんな呼び名あんまりだ。しかも長い。
オロオロとしながら、エリスはレスターと彼女とを交互に見た。レスターの額にはあきらかに青筋が。ああ。
「誰が不器用だ。お姫の髪くらい簡単に結える」
とても珍しいことだった。あのいつも冷静沈着なレスターが、メアリの挑発にまんまと乗せられるなんて。今日はもともとなにか機嫌が悪いのか、調子が悪いかのどちらかに違いない。
「えと、レスター?わたしはメアリが戻って来るの待つから……」
無理しないで、とエリスが言いかけたときだった。
「ちょっと待てクサレ魔法使い」
と、へルムートが椅子から立ち上がったレスターを止めた。
自分も席を立ち、彼は言う。
「お前に任せるくらいなら僕がやる。引っ込んでろ」
つづく