夏の午後の過ごし方

「ヘルムートさま、こんにちは……!」
 自分を見て、ぱっと花が咲いたように笑うエリスに、ヘルムートはにこりと微笑んだ。
「今日は元気そうだね、エリス」
「はい。レスターのおかげなんです」
「…………そりゃヨカッタねぇ」
 ヘルムートは嬉しそうにしているエリスを見て、それから彼女がいるテラスの四隅に置いてある、巨大な長方形の氷を眺めた。テラスはひんやりと涼しい空気に包まれている。
 いつも目障りな魔法使いが、暑さに弱い彼女のために作っていったものだという。本人はついさっき、ヘルムートとは入れ違いで帰ったらしい。
「ヘルムートさまも、こっちに座って下さい」
「うん」
 魔法の使えない自分は、この手のことはしてあげられない。
 ヘルムートはしかめ面をしながら、エリスの隣の椅子に座った。
 いつものことだが、あの魔法使いがらみのことは非常に面白くない。いつまでもムスッとして、エリスの話にも「うん」とか「そう」しか言わないでいると、やがて彼女は不安そうな声で尋ねてきた。
「あの、ヘルムートさま、ご機嫌わるいんですか……?」
「いや、別に」
「でも………」
 ちっとも笑ってくれないから……と小さな声で、しょんぼりとうつむくエリスに、作り笑顔を浮かべていたヘルムートは固まった。
(なんでこの子には偽笑顔が通用しないんだ……?)
 普段、たいがいのことにおいて鈍いくせに、不思議な子である。
 ヘルムートは長いため息を吐いて、作り笑顔を消した。
「ここに来るまでが暑かったからね、それでちょっと疲れていただけだよ」
「………」
 あながち嘘とも言えない言葉をかけると、エリスはちょっと首をかしげて、それからそろそろとヘルムートに向かって手を伸ばしてきた。
 小さな手が、ヘルムートの頬に遠慮がちに触れる。
 涼しい場所にいるからか、その手はひんやりとしていて、気持ちよかった。
 エリスを見下ろすと、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。あーカワイイなぁ、とヘルムートはその手をきゅっと握り締めた。
「え、へ、ヘルムートさま?」
「誰にでもこういうことするの?」
「え?」
「他の―――レスター・オルスコットにも?」
 手を握ったまま、じっとその瞳を見つめると、エリスは頬を染めながら首を横に振った。
「レスターは、あの、あんまり触られるの好きじゃないみたいだから」
「それは僕もなんだけどね」
「っ、ごめんなさ……っ」
 さらりと告げた事実に驚いて、エリスはヘルムートの手から自分の手を引き抜こうとしたが、さらにぎゅっと掴んで離さなかった。
「きみは別」
「べつ……?」
「断りなく触られても嫌じゃない。だから気にしなくていい」
 それが一体どういう意味を持つのか、ヘルムートはまだ知らなかった。  
 一方のエリスも真っ赤になったまま固まっていたが、なぜ彼がそう言ってくれたのか、また、なぜ自分がうれしくてドキドキしているのかについて深く考えなかった。
 そうして鈍い二人は、しばらくそのままの状態で、夏の午後を過ごしたのだった。



 

おしまい


 

back


 
inserted by FC2 system