「レスターちゃん」
「ちゃん付けすんな」
とことこ寄って来た猫のルイーゼに、レスターは鍋から視線を逸らさずに返した。
彼はいま、マヌケなお姫さまが台なしにしてくれた魔法薬を、一から作り直している最中である。
不機嫌な顔で鍋を火にかけていると、ルイーゼが傍で立ち止まって言った。
「ねぇねぇ」
「……なんだよ」
この白い猫が『ねぇねぇ』と楽しげに話しかけてくるときは、たいてい自分をからかうときである。レスターはそれをよく知っているので、やや警戒した。
そして案の定、ルイーゼはにまぁ、と笑いながら訊いてくる。
「ねずみーにょって?」
先ほどのやりとりを耳にしたらしい。
レスターは火加減を見ながら、そっけなく答える。
「思いつきの単語」
「うそばっかり。それ、聞き覚えがあるもの。あなたがもっと小さいときに持っていた、ねずみのぬいぐるみの名前でしょ?」
「…………覚えてねぇよ」
「アレイスターのお手製のやつよ。すごく大事に抱えてたじゃない。あのころは可愛かったわよね。といっても、ほんの数年前だけど。なんで今はこんなにひねくれちゃったのかしらねぇ。あたし不思議だわ」
「要因の一つは間違いなくおまえだろ」
「『おまえ』?」
猫はにこにこしながら訊き返してきた。
レスターは無言で鍋の中身をかき混ぜつつ、その笑顔から発せられる圧力に負けて言い直す。
「……『ルイーゼ』」
うす紅色の煙が立ち昇った。
「そうよ、お利口なレスター。口の利き方には気をつけないとね」
うふふと猫は笑って、話を戻す。
「それで、確か出かけた先でねずみーにょ失くしちゃったのよね。『ねずみーにょがおれを残して失踪した』とか愉快なこと言って、まいにち深刻な顔して落ち込んでたのが本当に面白……いいえ可哀相だったわ」
「なぁおい。暇ならジジイのところに行って喋れよ」
でなければ、恥で死にそうになる。
顔をしかめたレスターは、必要以上に鍋の中身をかき混ぜた。
「ジジイなら喜んで聞くだろ」
「『ジジイ』?」
ルイーゼはにこにこしながら訊き返してきた。
「…………」
「…………」
「……『オジイチャン』」
「そうよ、よくできました。あんまり悪い口利いてると、そのうち糸で縫いつけちゃうわよ」
本気にしか聞こえなかった。
レスターはなるべくこの猫の前での暴言は慎もうと決める。
ルイーゼは楽しげに先ほどの話を続けた。
「あ、あとねずみーにょ二号もいたわよね。初めのがいなくなって、あんまり落ち込んでいたから、アレイスターが同じやつ作って……。そしたら、あなたこう言ったのよ。『それはおれのねずみーにょじゃない』って。ちょっと目の位置がずれてただけなのに。アレイスターが『ねずみーにょの弟だよ』って言うまで、気になるくせに、ふてくされて手にとろうとしなかったのが、そりゃもう可笑しく……いいえ可愛かったわ」
「オイもう頼むからオジイチャンの部屋に行って喋ってくれ」
レスターは間違って薬草を多めに刻みすぎてしまった。
猫はふくく、と笑って言う。
「怒りんぼうで照れ屋のレスター。伯爵家のお嬢ちゃん、かわいそうだから口くらい利けるようにしてあげなさいな。そうしたら、アレイスターのところに移動してあげるわ――お返事は?」
「……気が向いたらな」
レスターは仏頂面で、しぶしぶ答えながら、刻んだ薬草を鍋の中に放り込む。
そうして、一応出来上がった鍋の中身をのぞき込むと。
液体が紫色や青色、緑色にくるくる変化していて、おまけに悪臭を放っていた。
「あら、失敗したの?まだまだねぇ、レスター」
「…………」
レスターは原因であるこの白猫を、いつか鍋に放り込んでやりたいと思った。
たとえその正体がなんであれ。
おしまい