薄いピンクの腹が上下に規則正しく動いているのを発見して、レスターは思わず立ち止まった。それは居間の暖炉前でぐうぐう昼寝している。
「じいさん」
「なんだね、レスター」
「なんでコイツは人形のくせに寝てんだ」
レスターは祖父に尋ねた。
「眠たいからじゃないかね」
そういうことを訊いているんじゃないと思いながら、なおも観察していると、ピンクのうさぎの人形は、椅子に座っている祖父の足元で、ぷにょ、と変な音を発しながら寝がえりを打った。
「レスターや、お腹にかけるものを持って来ておあげ」
「……コレが風邪をひくとでも?」
「ひいてしまったら、かわいそうだろう?」
祖父はこの動いて話す謎の人形を、人間扱いしすぎではないか。
レスターは吐き捨てるように言った。
「馬鹿らしい」
「これ、そんなふうに言うものじゃない」
なぜこんな人形ごときのために自分が叱られなくてはいけないのだ。レスターはムッとした。
「………こいつ、じいさんの魔法で動かなくできないのか」
自分にはできない。できなかった。まだそんな力はないから。
「レスター、元がなんであれ、ニコはうちの家族だよ」
祖父はにこりと微笑んだ。
レスターはおもしろくない。
「さぁ、早く持って来ておあげ」
「………」
不満だった。
祖父はうさぎの人形の肩ばかり持つ。
レスターはもう一度言い返そうとしたが、結局は口を閉じて大人しく祖父の部屋に向かった。祖父の言葉には、いつも逆らえない力が宿っている気がした。
*
ぷしゃん、とニコがくしゃみをした。
まったくおかしな人形である。人形のくせにくしゃみを普通にするのだから。
暖炉前のお気に入りの場所で、ニコは昼寝中だった。ピンクの腹が規則正しく上下に動いている。
その横には、座るひとのいない椅子が置かれていた。
「…………」
レスターは椅子を見て、それからまたニコを見下ろした。
黙って自分の部屋に行く。
しばらくして居間に戻って来たレスターは、むにょむにょ何事かを呟いているうさぎの、そのピンクの腹に薄い布団をかけた。
きっと祖父は今ごろ雲の上で満足げに笑っている。
レスターがしかめ面でニコの腹に布団をかけた、あのときのように。
おしまい