あのわたあめ様は何も悪くない。それは、分かっている。
しかし、言いようのない苛立ちを感じて八つ当たりしてしまうのは、自分が自分で思っているより幼い証拠かもしれない。
「おひいさま、帰られたのか」
「ああ」
寝室から現れた祖父は、いまのエリスとのやり取りを耳にしていたのだろう。ちょっと顔をしかめて言う。
「ちいさい子を苛めるものではないよ。まあ、あのおひいさまは、なかなか骨があるから大丈夫だろうが」
「……はぁ?」
レスターは思いっきり怪訝な声を出した。フライパン片手に振り返る。
「待てよジジイ。あの砂糖菓子のどこに骨があるって?骨どころか身すらねえだろ」
「これ、おじいちゃんと呼びなさい、孫よ。うむ、身はたしかに薄いが、それはいずれ何とかなるだろう。病弱ささえ治れば、母君もふくよかだし、今より良くなるはずだよ」
「………だれが見かけの話をしてんだよ、オジイチャン。しかもどうでもいい」
レスターはフライパンから三つの皿に、ひとつずつ出来たての目玉焼きを移した。裏の家庭菜園でとってきたばかりの野菜を添え、牛乳の入ったコップと丸いパンを用意する。
それからルイーゼ用の皿に牛乳を入れる。目玉焼きの皿には、同じようにパンと野菜のつけあわせをのせている。あの猫は、専用の椅子に座って人間と同じ食事をとるのである。
「ルイーゼ、メシ」
レスターが台所の小さな窓を開けて裏庭に呼びかけると、ちょうど朝の散歩から帰ってきた真っ白な毛並みの猫が、トン、と窓枠に飛び乗った。彼女はそのまま台所の床に着地すると、自分の朝食を目指す。
「ああ、お腹すいた」
ルイーゼは女性の声でそう言って、次にレスターの祖父に向かって「おはようアレイスター」と声をかけた。
「おはようルイーゼ。今日もきみはきれいだね」
「いやん、アレイスター。あなたも素敵よ」
レスターはその毎日繰り返される馬鹿げたあいさつにうんざりしながら席に着く。
「いただきます」
「いただきます」
「いただきまーす」
祖父にならい、レスターとルイーゼがそう告げて、食事は始まる。
「そういえばさっき、伯爵家のお嬢ちゃんが来ていたでしょ」
「ああ、来ていたよ」
ルイーゼの問いには祖父が答えた。
「かわいそうに。レスターがいじめて泣かせてね」
「あの程度で泣くほうがどうかしてる」
舌打ちしそうな調子で言い、レスターはトマトにフォークを突き刺した。
ルイーゼが笑う。口の周りに牛乳つけて。
「好きな子ほどいじめちゃうってアレね?」
「ぜんぜん違う!断じて違う!!」
フォークが滑ってトマトがぐちゃりと潰れるが、それはどうでもいい。
ぞっとしながら、レスターは床の上の白猫を見下ろした。
「なんで俺があんなのに惚れなきゃならねぇんだ!ふざけんなクソね……」
「これ」
ゴッ!
「いてぇっ」
頭部を襲った激しい痛みに顔をしかめながら祖父を見ると、その手には頑丈な木の杖が握られていた。
ルイーゼがにゃごにゃご笑う。
「お口の悪い子はおじいちゃんにおしおきされちゃうのよん。お利口なレスター、そこだけはなぜか覚えが悪いのねぇ」
――――――このクソ猫。いつか猫鍋にしてやる。
レスターは本気でそう決意しながらルイーゼを睨んだ。
が、猫はにまにま笑うだけ。
「レスター」
「……なんだよ」
ふてくされた態度で答えたレスターに、祖父は言った。
「あとでおひいさまに会いにおゆき。少し遊んで差し上げなさい」
「やだね。呼ばれてねぇし。だいたい俺の役目は相談役だろ。なんで遊んでやる必要が」
「たんこぶ一つでは不満なのかね?」
「………………。」
やーい、おこらせたー、と尻尾をふりふりさせる白猫を、レスターは今すぐ鍋に放り込みたくなった。
おしまい