ねずみーにょ最終回

 ねずみーにょを返してきなさい、と先輩使用人たちに言われたロビンは驚く。
「えっ、なんでですか!?」
「なんでもなにもお前……」
「ねずみーにょは今や僕の親友です。あんな怖い森に戻すなんて」
「小動物が親友ってお前はどこの童話の主人公だよ。いや、それより、返すのは別に森じゃなくてもいいから、とにかく捨てて来い」
「だからなんでですか」
 問われた側は返答に困る。
 自分たちより年下の子供に、「それもしかしたらどこかの行方不明者かもしれないし、飼うのはよせよ」と夢を壊すような発言をしてもよいのだろうか。
 そこへ、同僚の一人である少女がやってきた。
「なにを騒いでいるんですか。声が響いてますよ」
「レティー」
 ロビンと同い年のレティーは、その落ち着いた眼差しで、部屋の中にある鳥籠を見つけて言った。
「ロビン、そのねずみ、捨てたほうがいいんじゃない」
「え!?れ、レティーまで何言うんだよ」
「だってあなたそれ、何か普通じゃ……むぐ」
 重大発言をしかけた目の良いレティーの口を背後から塞いだのは、彼女と同じく同僚の一人で、騒ぎを聞きつけてやって来たジンだった。
「あのな、ロビン」
「は、はい」
 いつになく深刻な顔をしているジンに、ロビンもつられて真面目な顔つきになる。
「実は、それ俺の弟の逃げ出しだペットなんだよ。数週間前に行方不明になって捜してたんだけど、まさか魔女の森にいたとは……。いや、それでお前があんまり可愛がってるから言い出しにくかったんだが、弟も落ち込んじゃっててさ、お前には本当に悪いんだけど、返してやってくれないか?おわびに今日の俺のデザートやるから」
「……そ、そうだったんですか……」
 この会話を端で聞いていた人々は、『いやそんなわけねぇだろ、どうやったら王都から国境沿いまでペットが逃げ出すんだよ』と心の中で突っ込んだが、口にはしなかった。
「ジンさんに弟さんがいたなんて知りませんでした。その弟さん、ねずみーにょを可愛がってたんですね」
「ああうん、一緒のベッドで寝るくらいには」
 まだ遠めにしか見たことがない腹違いの弟には、ねずみーにょなるペットがいて、一緒にベッドで寝るほど可愛がっているという奇妙な設定が出来上がってしまった。ジンはまぁいいか、どうせ何事もなければ自分とその弟は一生会わないかもしれないし、変な設定をどれだけつけようが誰にもバレることはないだろう、と思う。
「それじゃあ、あの、仕方ないですね……」
「ごめんな、ロビン」
 しょんぼりするロビンの頭を撫でて、ジンはねずみーにょ入りの鳥籠を預かった。周囲はほっとする。
「元気でね、ねずみーにょ」
「きゅ、きゅぅ!」
 ロビンが手を振ると、ねずみーにょは居心地の良い場所を奪われて暴れたが、ジンはさっさと屋敷の外へと連れて行く。
 その後を、同僚であるクラウがついてきた。
「よくまぁ、あんな嘘をぺろりとつけるものだ」
 クラウはジンの弟についての情報が、まったくのでたらめであることを知っている。
「いつからいたんだよ。ていうか、仕方ねぇだろ。うまいこと言わないと、ロビンが傷つくし」
 ジンの言葉に、普段あまり表情の変わらないクラウが、珍しく微笑んだ。
「おまえは面倒見がいいな」
「……別に、ふつうだろ」
 おいこら面と向かって褒めるなよ、と気恥ずかしく思いながら、ジンはそっぽを向いた。
 それから二人は街の中心にある広場まで行き、ねずみーにょを逃がした。
「どこが故郷か知らねぇけど、あっちが東、こっちが西に向かう馬車な。で、あれが北で向こうが南。魔法使いに用があるなら、あのセロン行きの馬車に乗れ。湖の近くに住んでるから」
「きゅぅ」
 ねずみーにょはペコリとおじぎして、てってこ走り去って行った。
「…………一応言ってみただけなんだが、今の言葉通じてたのか?」
 ジンはおじぎしたねずみーにょに、あ然としながら言った。
 クラウは首をかしげる。
「さぁ。なんとなく通じたのかもな」
 真実は誰も知らない。
 ねずみーにょに家の戸をとんとんノックされ、「きゅきゅぅ」と話しかけられた老魔法使い、アレイスター・オルスコット以外には。





これでおしまい


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