chocolate おまけ

「エリスからチョコレートケーキを貰った」
 ほらみろ来た、とリカルドはほくほくとした笑顔(なんだこれ気持ち悪い)でやって来たヘルムートを、彼とは対照的な不機嫌顔で迎えた。
「きみは?」
 と、訊いてくる親友が非常に憎たらしい。
「あれが俺にそんなものを贈るはずがないだろう」
「ああそうだよね、エリスと違って可愛げないもんね」
 もうだめだこいつ追い出そう、とリカルドはヘルムートに向けて手を振った。しっしっ。
 ところがヘルムートはまったく気にせず向かいの席に座った。
 自分は一応王子で、この部屋の主でもあるわけだが、この学友にまったく遠慮がないのはどういうわけだ。もはや今さらだが。
 彼は座るなり、一転して深刻な声で言った。
「でも一つ問題がある」
「問題?」
 どうせしょうもないことだろうと思いながら訊く。
 ヘルムートの『エリス』がらみの話は、他者にとってほぼしょうもない話である。つまりただのノロケ。
「実はそのチョコレートケーキ、エリスは隣人のくそ魔法使いとその祖父と自分の両親と祖父と侍女と執事と護衛と庭師と……とにかく知っている人間全員に配っていたことが後から判明した」
「………………」
「なんで僕だけじゃないんだ……?」
 不愉快そうに言っているが、ヘルムートと『エリスちゃん』は別に恋人関係にあるわけではない。ただの友人レベルの関係である。本人たちはどう思っているのか知らないが、話を聞く限り、リカルドにはそう思える。
「もらえただけいいんじゃないか」
 至極まっとうなことを言ってやると、ヘルムートは「よくない」と言い切る。もういったいお前は『エリスちゃん』とどうなりたいんだ、とリカルドは心底不思議に思う。この親友は謎だ。
「来年は僕だけにくれないかな」
 ヘルムートは真面目な口調でおかしなことを呟いた。
 だからそれはどういうことだ、何がしたいんだお前はとリカルドは思ったが、口に出して言わなかった。気づかせてやる必要はない。ただでさえ面倒なのだ。自分の気持ちに気づいたら、余計に面倒になりそうでいやだ。
 だいたい自分がこんなに片思いで苦労しているのに、親友だけ幸せになるのは許せない。
 リカルドはとても狭量な心で思い、今日もえんえん続く親友のノロケ話に耳を傾けた。

   * * *

「俺見たかも、お前の」
「なにを」
 遮るように訊いて、レスターはフライパンの上のオムレツを引っくり返した。
 視界の端にいる相手は、台所の壁にもたれてニヤニヤと笑っている。
 くすんだ金髪を無造作にひとつくくりにしている相手は、居間の窓の方を見ながら続けた。「お前の、例のあの子」
 その方角には、伯爵家がある。
「………」
 レスターは凍えるような眼差しを男に向けた。
「余計なことを」
「何も言ってねぇよ。ただ会っただけだ。ぐうぜん。ほら俺、画家だから。画廊に来たんだよ、あの子の方が」
「画家もどき、さっさと消えろ」
「もどきはないだろ。俺の絵、けっこう評価されてるんだぜ」
「魔法使いのくせに」
「魔法使いは副業」
「逆だろ」
 副業が画家だったはずだが、この男はいつのまにか反対に言うようになった。
「レスター、お前の良くないところは、素直じゃないところだな」
「余計な御世話だ」
 鼻で笑い、レスターはオムレツを皿の上に乗せて、フライパンを流しに置いた。そろそろ出かけている祖父と猫のルイーゼが戻って来るころだ。昼食はいらないと言っていたので、レスターは椅子に座ると一人でオムレツとパンを食べ始めた。
「レスター、俺の分は?」
「食っていく気だったのか」
「うん」
「あるわけねぇだろ。とっとと消えろ。故郷へ帰れ」
「故郷なんかないし」
 レスターにもない。
 知っていたが、言ってみただけだ。
 その時、「れすた〜」と間抜けな子供の声がした。
「なんだ今の」
 男は不思議そうに居間を見まわしたが、レスターには声の主が分かっていた。ちっ、と舌打ちする。こいつが帰るまで人形のふりしとけって言ったのに。
「レスタ〜おれお腹すいたよ〜」
 窓辺に座っていた、この家には少々違和感のあるうさぎのぬいぐるみが、突然立ち上がってレスター達の傍までトコトコ歩いてきた。
 男はちょっと驚いていた。
「なんだこりゃ。誰の趣味?アレイスターじいさん?お前?それともルイーゼ?」
「そんなわけあるか」
 貸主のエリスの趣味である。
 ただし、彼女はこのぬいぐるみが動くことを知らないが。
「レスタ〜」
 さいそくするうさぎのニコにレスターはため息を吐いて、ひと口しか食べていない自分のオムレツをやった。「わ〜い!おれレスターのオムレツすきだぞ」
 ああそうかい、とレスターは自分の分を作り直すために台所に入る。
 男がその後をくっついてきた。
「えらい可愛いが、何の魔法使ってんだ?自分の意思があるように見える」
「何も」
「何もってこたぁねえだろ」
 信じないのならそれでいいが、真実ニコには魔法をかけてなどいない。
 祖父も自分も。
「変わった魔法があるもんだな」
 レスターがはっきりと答えないので、男は追求するのをやめて感心したようにニコを見た。
「まるで人間の子供みたいだ」
 男の言葉に、レスターはただ肩をすくめた。

 

おしまい  


 

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