天使と妖精と ※ちょっと未来のお話です。

 昼食後のことだった。
 エリスが部屋でおとなしく絵を描いて過ごしていると、ヘルムートが何着かの服を抱えて来て、こう言った。
「エリス、明日は遠い遠い異国では、仮装をしてお菓子を配ったり貰ったりして過ごす日なんだけど、今年はうちでもするからね」
「え?」
 突然の話に、エリスは驚いた。
「仮装して……、お菓子を食べるんですか……?」
「うん、そう。むかし僕の母親が始めてね。なにかの本で読んだとかで。今年は久しぶりにしてみることにしたんだ。――それで明日は使用人のみんなにも、オバケやカボチャや魔女の格好をして仕事をしてもらうことになってるから。エリスは『お菓子くれなきゃいたずらするぞ』って言って、みんなからお菓子をもらうといいよ」
 なんだか、とても楽しそうだ。
 エリスは初めての行事に、わくわくした。
 でも。
「ヘルムートさま。わたし、お菓子もらえなくても、いたずらなんてしないです」
「いいよ、しちゃえば。顔に絵の具で落書きしたり、髪の毛ぜんぶ剃ったり、物置に閉じ込めたり、逆さにして二階から吊るしたり。なんでも」
「え」
「まぁ、万が一きみにお菓子を用意していない奴がいたら、の話だけど」
 にこっと柔らかな笑顔を浮かべて、ヘルムートは言った。
(いまの、冗談……?うん、冗談だよね)
 まるでやったことがあるかのように流暢に例えが出て来たけれど、冗談だろう、とエリスは思った。
「さて、というわけだから、エリスも衣装を選んで。気に入るのがなければ、明日までにまた買ってくるから」
 何でもないことのように言って、ヘルムートは抱えていた衣装をベッドの上に並べ始めた。普段は着ないような、変わったデザインのものばかりだ。一着でじゅうぶんだったのに、とエリスは彼の好意を嬉しく思いながらも、申し訳ない気持ちなった。
「大丈夫です。この中から選びます」
「そう?」
「はい」
 こくんと頷いて、エリスはずらりと並んだ衣装をあらためて眺める。
 童話に出てくる魔女やお姫さまの衣装などがあって、どれもとても可愛い。可愛い、のだけれど。
「……えっと、ヘルムートさま……」
「ん?どれにするか決まった?なんなら、一日でぜんぶ着てみてもいいよ」
 旦那さまは、にこにこと機嫌よく提案してくる。
「ちなみに、僕はこれがきみに一番似合うと思う」
 と、彼が手にしたのは羽のついた妖精の衣装で、やはりとても可愛らしい。
 でも、これもまた。
「その、ぜんぶ裾が短いような気が……あと、胸元も開きすぎのような」
「短いって言っても、膝丈だよ。仮装用の衣装なんだから、このくらいのほうが可愛い。それに胸元だって、きみが普段ひかえめなやつを着るからそう思うだけで、最近は普段着にしても一般的な開き具合じゃないかな」
 流行の最先端をいく王宮に出入りしているわけでも、友人が多いわけでもなく、そのうえ買い物にもあまり出ないエリスは、彼がそう言うのならそうなのだろうと素直に信じ込む。
「だけど、ちょっと恥ずかしいです……」
「じゃあ、僕しか見ない。みんなの前に出るときは、裾の長い上着を羽織るといいよ」
「あ……、はい……」
 エリスはほっとしながらも、上着を着たら仮装をする意味がないような気がした。
 それに、みんなに見られる以上に、彼に見られるのが恥ずかしいのだけれど。胸が小さいことや、細すぎる足を気にしているエリスは、なるべく貧相な身体を隠せるものを選ぼうと、困り顔でおろおろと衣装を見回した。
 一方、ヘルムートはベッドの端に座って足を組み、そんなエリスを面白そうに眺めていた。
「決まった?」
「…………あ、あの、ヘルムートさまの前でも、上着」
「駄目」
 着ていてもいいですか、と最後まで言う前に却下され、エリスはしょぼんとする。
 胸元があまり開いていなくて、膝丈ではないものがなくて、一体どれにすればいいのか困り果ててしまう。
「だいたい僕の前でも上着なんて着ていたら、仮装の意味がないでしょ。エリスはみんなが仮装をしている中、ひとり上着なんて着込んで、楽しい一日を台無しにする気?」
 意地悪な顔でヘルムートに言われ、エリスは涙目になる。
「みんなの前で隠すのは特別に許してあげるけど、せめて僕の前では上着なんてうっとうしいものは着ないように。いいよね、それで。それともまだワガママ言う?」
「わ、わがままなんて……」
「じゃあ、ちゃんと着る?」
「う……」
「返事は?奥さん」
 アメジストの瞳がじいっと見つめてくる。
 エリスはこの瞳に弱い。
 こわい、と言ってもいい。
 そんなふうに見つめられたら、頷くほかなくて。
「き……着ます……」
 そう答えたら、旦那さまはニマリと笑った。
 まるで悪魔のように。
(あ、あれ……?)
 エリスは思わず目をこする。
 そうしてもう一度見てみると、旦那さまはいつも通りの天使みたいに優しい笑顔を浮かべていた。
 きっと今のは見間違いだろうと、まんまと肌の露出の多い衣装を着せられることになったエリスは思った。



おまけありますぞ。(nextで進んでね)


 

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