「レスター、おれ、ふくがない」
「……は?」
レスターは訝しげに、二本足でしっかりと床に立っている薄いピンク色のうさぎを見下ろした。
うさぎは暖かそうな毛皮に包まれ、全身もふもふとしている。
確かに何も着ていない。
しかし、それがどうしたというのだ。
「お前に服なんかいらねぇだろ」
レスターがばっさりと切り捨てると、うさぎは困り顔になった。
……誰かに似ていた。
「でも、おれほしい」
うさぎは図々しくもそう言った。
ぬいぐるみの分際で。
そう、この二本足で立ち、好き勝手に喋るうさぎは、ぬいぐるみなのである。
「れすた〜、ふく〜」
ほしいよう、とねだる謎のイキモノ(?)を無視してレスターが台所に向かうと、それはトコトコ後ろから追いかけて来た。
「うっとうしい。ついてくるな」
振り返らずに冷たく言い放つと、トコトコが聞こえなくなった。
「ったく」
どうしてこの人形は勝手に動き回って勝手に喋るのだ。
レスターはいまだ不明である原因について考えてみた。
初めは自分がそこらで使った魔法の影響によるものだと思っていたが、どうも違うようなのだ。祖父も自分の魔法ではないという。
原因さえ分かれば、この多弁な人形を、もとの動かない喋らない人形に戻すこともできるだろうに。
考えながらコップにお茶を淹れ、居間の方へ引き返すと、また後ろから軽い足音がくっついてきた。台所と居間の境目で立ち止まったまま、じーっとこちらを見上げていたうさぎである。
「………」
レスターは居間を通り過ぎ、廊下に向かった。
が、やはりトコトコくっついてくる。
「………」
自室の扉を開け、中に入ろうとしたら、トコトコが一緒に入ろうとするのでレスターはついに怒鳴った。
「うっとうしい!ついて回るな!」
すると、トコトコは―――いや、うさぎは動きを止めて、つぶらな瞳を見開いた。
「………なんだよ」
どうもこの奇妙なイキモノは調子が狂う、とレスターは思った。
無表情に近い顔のくせに、がーん、とショックを受けているのがなぜか分かってしまい、それがまたどこかで見たような感じだったので、ついレスターの方も動きを止めて見下ろしてしまった。
うさぎは震えながら言った。
「れ、れすたーはおれがきらいなのか?」
「…………どちらかといえば」
そもそも好き嫌いを考える対象ですらなかったが、とりあえずそう言ってみた。
次の瞬間、うさぎは瞳をうるませて、そのふかふかの足でレスターのひざを蹴った。
「オイ!」
痛くはなかったが人形の分際で生意気な、と憤ると、相手はそれ以上の大声を発した。
「うわぁぁぁん、れすたーのおたんこなす〜!おじいちゃ〜ん!!」
うさぎは廊下を戻り、祖父の部屋に駆けこもうとし、ドアノブがやや高い位置だったため飛び跳ねて開け、中に消えて行った。
その際、この謎で奇妙でうっとうしい人形をかなり気に入って実の孫のように可愛がっている祖父が、「おやおや、どうしたんだね、ニコや」と言う声が聞こえてきて、レスターはますますうんざりした。
「………誰がおたんこなすだ」
というか、一体どこでそんな言葉を覚えたのだ。
その時、にゃふ〜ん、と鼻歌を歌いながら、廊下に一匹の猫が現われて、閉じている祖父の部屋の戸をノックした。
犯人の検討がついた。
「ルイーゼ」
話しかけると、猫はなぁに?というようにこちらを見た。
「あの人形に新しい言葉を覚えさせるのはやめろ」
迷惑だ、と顔をしかめて言うと、彼女はえ〜?なんのこと?あたし分かんない、とでも言うようなスットボケた表情をした。腹の立つ猫である。
ドアが開いた。
祖父が内側から顔をのぞかせて、猫に微笑みかけた。
「ルイーゼ、おかえり」
にゃふー、と返事をしながら、猫は祖父の足に頬ずりをして中に入った。
どいつもこいつも、あの部屋ばかりに集まる。
(俺のじいさんだぞ)
なんとなく面白くない。
そのまま自分の部屋に引っ込もうとしたら、
「レスター。お前もこっちにおいで。みんなでお茶にしよう」
と、まだ廊下に顔を出していた祖父に声をかけられた。
「………いい」
「おいで、レスター」
「………」
ちら、と祖父を見たら、ニコニコ微笑んでいた。
いつものことながら、ぬるい笑顔である。
デキル魔法使いなのだから、もっと格好良く振る舞えばいいのに。
そう思ったが、しかし、レスターはその表情をきらいではなかった。
「さあ」
手招きされて、ようやくレスターは廊下に足を踏み出した。
おまけもあるよ!
おわり