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第六章 レスターの家

(……えっと……ど、どうしよう)
 全く覚えのない着替え。自分でしていないのだとすれば。
 まさか、いや、考えたくはないのだが、でもそうだとしたらお礼を言わなければならないし。
(つまり、レスターが、その)
「……うぇーん……」
 エリスはどうしようもない気分になって、立てた膝の上に顔を伏せた。もう泣きたい。だって見られた。たぶん、きっと見られた。
(ヘルムートさまにも見られたことないのに……)
 ついそう思って、エリスははっとした。
 当たり前のように彼のことを考えてしまうたびに、傷口がどんどん開いていく。
 また、じわりと視界が揺らぐ。
 けれどエリスは、ぶんぶんと首を振って耐えた。もういつまでも泣かないと決めたばかりなのだから。
 手の甲で涙を拭って、エリスは着替えを始めることにした。今着ているものの謎については、――――ひとまず置いておこう。
「あ…そうだ……下着…」
 ベッド脇の椅子の一つに、レスターが置いてくれている彼の服がある。それを手にして確かめると、ちゃんと女物の下着が下に重なっていた。ほっとしたけど、やっぱり謎だ。レスターはどこでこんなものを手に入れたのだろう。まさか買ってくれたのだろうか?あのレスターが?
 じっと眺めて、エリスはまた気がつく。
(……この下着も、わたしが持っているものと似ているような……??)
 公爵家や実家にいた時は、侍女たちが着替えを全て用意してくれていたので、エリスはあまり自分の持っている衣類について詳しくない。それに用意してくれるだけでなく、着替えるのを手伝ってくれていたから(自分でやりたいと言っても滅多に許可してくれなかった)、下手をするとその日にどんな下着を着ていたのかまるで記憶にないこともある。
「…き、気にしないほうが、いいよね」
 謎は増すばかりだが、うんうん、と一人頷き、エリスは服を広げた。
 自分一人で着替えるのは久しぶりだった。背中にいくつも小さなボタンがあるようなドレスだと、自分ひとりでは難しいけれど、レスターの貸してくれた服は首に穴が開いているだけで、被れば終わりなのでホッとする。
 入浴も、……自分で洗うのは久しぶりだけど、なんとかなるだろう。それに、そもそも「お風呂を貸して」とお願いしないと。お風呂に水を溜めるのに、時間と労力がかかることくらいはエリスも知っているので、レスターに頼むのは申し訳ないと思ったが、四日まともに入っていないのは、すごく気になってきた。
 着替えがいつの間にかされてたくらいだから、ついでにたぶん身体を拭いてくれているとは思うが(……これも深く考えないようにした)、とにかくさっぱりしたい。
 エリスは、今はとりあえず簡単に布で身体を拭くだけにして、着替えてしまうことにした。
 頭を冷やすためにと、置いてくれていた水桶に布を浸し、ぎゅっと絞る。絞り方は、寝込むたびに看病してくれていた侍女たちの、見よう見まねだった。が、精いっぱい絞ったつもりなのに少しか水が出ない。不思議に思いながら、エリスはもう一度試してみる。でもやっぱり布はびちょびちょのまま。
「あれ……?」
 さらにもう一度。腕も手もぷるぷる震えるほど力を入れているのに、なぜ水がちゃんと絞れないのだろう。やり方が間違っているのだろうか。
 首をひねっていると、簡素な木のドアを叩く音がした。
「あ…、はい」
 返事をすると、レスターが食事のトレイ片手に中へ入ってきた。
「夕飯。そろそろちゃんとしたモン食え。お前ここ四日でさらに痩せてるぜ」
「え…、そう、かな…?」
 エリスはやだな、と思った。これ以上痩せたら、ますます貧相になってしまう。
「あ…レスター、ご飯ありがとう」
「残さず食えと言いたいとこだが、無理するなよ。また吐かれても面倒だし」
「う、……ご、ごめんなさい…」
 

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