「フン、相変わらず感じの悪い男ね」
「…………」
たぶん、お互いさまだとレスターなら言うだろう。
二人はどうしてだか、あまり昔から仲が良くない。どちらも気が強いからかもしれないが、会えば常に喧嘩腰な会話をしているのだ。ヘルムートとレスターもそんな感じだし、考えてみれば、自分の好きな人たちは皆それぞれに仲がよくない。
「たまには愛想よくできないものかしらね」
そうだねとも言えず――――言ったら最後、レスターから絶縁を申し渡される気がする――――エリスは話を元に戻すことにした。
「それで……えっと、コレットはどうしてわたしがここにいることが分かったの……?」
やはり公爵家で聞いたのだろうか。
ヘルムート本人からでなくとも、彼が使用人にすべてを話していたら、彼らから自分の居所は知れるだろう。
そう思ったのだが。
「ウサギから連絡がきたから」
ベッドの端に腰かけているコレットは、ドレスの下で足を組みながら意外な答えを言った。
「え?」
「ここん家のウサギ。もうエリスも知ってるんでしょ?あのぬいぐるみが、まるで生きているみたいに動くこと」
エリスはこくんと頷いた。
そういえば、コレットはニコに通されてこの家に入ってきた、と普通の様子で言っていた。ついさっき知ったわけではなさそうだ。
「コレットはいつから知ってたの?」
「うーん……けっこう前。たまたま遭遇してね。だけど、あなたには黙っとけって口止めされてたのよ」
「そっか……」
エリスは少しショックを受けた。
ニコがお喋りしたり動けることを、自分だけ今まで知らなかったなんて。しかもレスターが黙っているように言っていたなんて。なんだか仲間はずれにされていたみたいで、けっこう悲しくなった。
「そんなにガッカリしなくても」
「だって……どうしてレスター、わたしには黙っているように言ったのかな……」
思い返せば、ニコも掃除を手伝ってくれたときに言っていた。レスターから、動かないように言われていたのだと。
「それは」
コレットは少し困ったような顔をした。
屈託のない笑顔ばかりの彼女にしては、珍しい表情だった。
「あのウサギが、彼の魔法で動いているわけじゃないからよ」
「レスターの魔法じゃない……?」
なら、おじいさまの魔法だろうか。亡くなった後も持続する魔法なんて、初めて聞くけれど。
さらに訊こうと思ったのに、コレットは「ま、それはそのうち彼が話すからいいとして」とあっさり話を打ち切ってしまった。
「どこまで話したっけ。―――あ、そうそう、ウサギから連絡もらってね、あなたの着替えを用意してほしいって。ぬいぐるみのくせに気が利くわよね。で、まず公爵家に取りに行って……」
「えっ?」
エリスは驚いて口をぽかんと開けた。
「な、なんて説明して?」
「何も?」
あっけらかんとコレットは言い放った。
「だって不法侵入しちゃったし」
「………………」
ふほう、しんにゅう。
エリスの思考は停止した。
コレットはかまわず続ける。
「面倒くさいじゃない、応対に出てきた使用人に『魔法使いの家に泊まっているエリスのために服を持っていってあげたいんだけど……』なんて、どうとられるか分からないような説明をわざわざするなんて。第一あの男が、ああ、あなたの旦那ね。彼が、使用人たちにあなたのことをどう言っているのか分からないし。何も言わずに忍び込んで取ってくるのが一番てっとり早いでしょ?」
「そ、そうかな……?」
「そうよ。―――あ、言い忘れたけど。わたしはそのときのウサギからの連絡で、だいたいの事情は把握してるから。道端で大ゲンカしたんですってね。わたしだって、そんな衆人環視の中で痴話ゲンカなんてしたことないのに、やるわねー。見直したわ、エリス」
それは褒められることなのだろうか………、とてもそうは思えないけれど。
エリスが呆然としている間にも話は続く。
「で、上手い具合に入り込んだはいいけど、使用人に見つかりそうになったから慌てて下着だけ取ってきたの。まぁ、あなた起き上がるまでに時間かかりそうだったし、寝ているだけならレスター・オルスコットの服で十分だろうから、とりあえずそれだけでいいかと思って。実際、事足りたでしょ?」
「うん……」
エリスはようやく下着の謎が解けた。自分のものと似た下着だとは思ったけれど、似ているどころか、ちゃんと自分のものだったのだ。
ためらいがちに口を開く。
「コレット、あの、ちょっと訊きたいんだけど」
「なに?」
「わ、わたしのその、着替えのことなんだけど……最初に起きたとき、いつの間にか着替えてて」
言いながら、エリスの頬は赤くなっていった。
どうか着替えさせてくれたのが、コレットでありますように。
「ああ……」
そこでコレットは、なぜか真剣な顔をつくった。
「それ、知りたいの?後悔しない?」